2月 2008 のアーカイブ

先日、友人に札幌ラーメンを送った。
そしたら友人の奥さんから電話が来た。
内容は「ありがとうございます」というものだったが、
後ろで子供の泣き声が響く。
電話を切った後、ちょっと寂しくなった。
今日は、嫁さんが子供たちを連れて実家に行っているのだ。
別に喧嘩をしたとかではなく、実家が近いのでたまに帰るのだ。
という事で、僕は自由なんです。今日は!
と、独身貴族(死語?)を気取っても、やる事は決まっている。。。。
まず、立ち食いソバを食べて、ツタやに寄ってビデオを見て、焼酎飲んで寝るだけ。
寂しいけど、これが現実なのだ。
友人も、ほとんど結婚してしまった。
「おい!ススキノいこうぜ!」と気軽に言ってた時期が懐かしい。
家庭を持つ事について、悪い面が強調される事が多いが
僕は楽しい事の方が圧倒的に多いように思う。
ちょっと離れているだけでも、「何してるのかな?」と気になってしまう。
家族に依存していると言われた事もあるが、依存できるのは今だけだと思う。
我が家は、女3人vs男1人なので将来が怖いです(笑)
ただね、結婚というのは二人だけの問題では無い。
両親や親戚が絡んでくる。
僕は、親戚付き合いがとても苦手だ。
僕の嫁さんは、人付き合いが上手で、親戚付き合いも上手い。
僕の両親も、何かあれば嫁さんと連絡を取っている。
ちなみに、僕の携帯に電話がかかって来たことは無い(笑)
僕の苦手分野を、嫁が担当してくれているので非常に助かっているのだ。
感謝感謝である。
今は、嫁さんの実家に行けば
とても大切にしてもらえる。
ありがたい。
ただ、これには長い歴史がある。
結婚した当初、僕と嫁さんは喧嘩ばかりしていた。
長女も生まれ、お互いの環境の変化について行けなかった。
嫁は実家に逃げて帰る。
僕は逃げるなと、実家に迎えに行く。
今となれば判るのだが、自分の娘が泣きながら帰ってきたら
親として良い顔は出来ない。
そこで、嫁の親vs僕である。
これがいわゆる、第二次佐藤家対戦である(笑)
第一次は、うちの母ちゃんvs嫁。
大喧嘩はかなり続いた。
向こうの親戚とかも出てきて、収集がつかず出口が見えなかった。
離婚しようと思ったこともあったが、離婚はそんなに簡単じゃ無い。
しかも、二人と関係ない事で離婚してたまるか!と思っていたし。
僕は、僕の家庭を作りたかった。
それには、喧嘩も必要だと思うし、話し合いも必要だと思った。
所詮、他人ですからね。
お互いのことを理解し、本当の夫婦になるには一回や2回は崖から落ちるもんだ。
仮面夫婦にはなりたく無かった。
でもね、僕は下手なんです。その辺が。
思いばっかりが先走っちゃって、相手の気持ちを理解するのを忘れる。
「僕はこう思う!判ってよ!」って感じで。
今は、妥協点を見出して、そこに持っていこうと努力するが
若い僕には、そんな事は出来なかった。
簡単に言えば、「俺は悪くない」それの繰り返し。
ちっちゃいプライドが傷ついて、それをどうやって挽回すればよいのか考える。
で、結局、相手を攻撃する。もしくは、嫁を攻撃する。
結局は、自分の保身の為。
家族の為っていうのは、今考えると後付けですね。
向こうの両親にも、酷い口の聞き方をしてしまい申し訳なく思っている。
途中で冷戦も入り、終結には2年近くの月日がかかった。
終結の原因は忘れたが、時間が解決したという事だろうか。
今は、ほとんど何も言われない。
言われても、右から左へ聞き流すという必殺技を覚えた。
子育てとかに関しても、親というのはちょっとと口を出したいというか、関わりたいのだと思う。
それはそれで、当たり前の反応であって、僕が過剰に反応する必要は無い。
「俺の家庭は、俺が守る」
その思いが強すぎて、善意も悪意に解釈してしまったのだ。
未熟すぎ。
雨降って地固まるじゃないけど、嫁の実家は居心地の良い場所になった。
でも、嫁が帰る度に、僕が付いて行ってはね・・・。
僕が居ないほうが話せる話もあるだろうし、空気というか気を使わせたくない。
実家で多少でも、息抜きが出来ればと思う。
と、言う事で、僕は立ち食いソバを食べて帰ります!
本当は、めっちゃ寂しいです(涙)

最近、葬式が多い。

人が死んでしまうのは悲しい事だ。

先日も親戚が亡くなった。

そしてちょっと前には、嫁さんのじいちゃんが亡くなった。

去年の年末には、僕のじいちゃん。

みんな高齢で、闘病の末、旅立って行った。

全員ガンに侵された。
闘病生活→死

そういう構図を、正直今まではあまり直視した事は無かった。

今回、3連続でそれを見た僕は考えることが多かった。

病院でのすさまじい光景。

「ホースを外して、このまま殺してくれ」

じいちゃんに、そう言わせてしまうほど壮絶な戦いだった。

 

延命治療はしない。

そういう方針だったのだが、殺してくれと言われても殺すことは出来ない。

病院としても、最低限の酸素や点滴は行わなければならない。

気持ち的には、拷問を受けている感じなのかも知れないと思った。

だから、僕らは毎日お見舞いに行った。

行けない時もあったが、時間が空けばお見舞いに行った。

生きている事の意味と、生かされている事の意味。

僕には違いがハッキリと判ってしまった。

孫を見て、ニコッと笑うじいちゃん。

悲しさがこみ上げて来る。
僕と嫁さんは、お互いになにかあっても延命治療をしない。

そういう話は結構前からしていてた。

しかし、本当に出来るだろうか?

延命とはどこまでが延命なのか?

抗がん剤を止めるのと、苦しんでいる人の酸素を外すのは違う気もする。

酸素マスクをしていないと、酸素数値が下がり死んでしまう。

それを外すということは、人を殺すという事なのだろうか。

僕はガンになり、助からないと言われたら家に帰りたい。

しかし、苦しんでいる僕を見て家族はどう思うのか。

本当に考えた。
病院で拷問のような延命を受け生き延びるよりも

僕は、大好きな家族と一緒に最後までいたい。

そうは思うが、自分の事が自分で出来なくなるわけだからね。

悩む所ではある。痛みも相当なものだろうし。

 

また、逝く順番というのも大きいと思った。

人間、色々な人が居るので一概にな言えないが

嫁さんに先に逝かれると、本当に辛いと思う。
先日の親戚は、奥さんが先に逝ってしまったケース。

もう、見ていられない。

奥さんを一生懸命介護し、病院に連日泊まる。

本当に愛が無ければ出来ない事だと思う。

闘病の末、逝ってしまった訳だが・・・。
そして、告別式で、年老いて小さくなった体を震わせ

亡き妻に向かって「ありがとう」

そう叫ぶ姿は衝撃的だった。

あの「ありがとう」は凄いありがとうだと思う。
妻を長期にわたり看病し、毎日寝不足でたまに倒れて。

見る人が見れば、「奥さんの看病で可哀想」そう思うかも知れない。

でも、「ありがとう」そう叫んだ。

お金や名誉なんかじゃ埋まらないもの。

それが夫婦の中にあったんだろうね。
本当に僕も号泣してしまった。

物凄く、大きな大きな「ありがとう」だった。
告別式の帰り、僕は車の中で嫁さんに言った。

「俺より先に死んだら駄目だからな」
僕は思った。

嫁さんには長生きしてもらおう。

嫁さんが死んだら・・・・。

考えただけでも、恐ろしい。

告別式の後だからかも知れないが、涙が止まらなかった。
人間、永遠には生きられない。

限られた時間の中で、僕に出来ることをしよう。

数日前の夜、いつものように焼酎を飲みテレビを見ていた。

長女は絵を描き、次女は「にしおか〜すみこだよ〜」とお笑い芸人のマネをしている。

いつもと何も変わらない風景なのだが、なぜか涙が流れた。

「あんなに小さくて、自分で何も出来なかったのに」

そんな気持ちがナゼか盛り上がってしまった。

今までは、親が居なければ何にも出来なかったのに

最近では、着替えはもちろん服も自分で選び、お風呂も自分で入れる。

成長ってスゲーって思っ訳ですね。

子供を二人抱えて買い物袋を持ち、

腕をプルプル言わせながら家の鍵を開ける事は、遠い昔に思える。

銭湯に行っても、長女が次女を見ていてくれるので

今ではサウナにも入れるようになった。

そして子供との関わりも、少し変化してきた。

教育という関わりが増えた。

まあ、僕の子育ては独特かも知れない。

自分の身は自分で守る。

そういう事を重点的に教えてきた。

交通ルールはもちろんだが、

車に閉じ込められた時の脱出方法や、鍵の開け方

さらに、人が大勢居るお祭りやデパートなどで迷子になった場合の対処方法など。

迷子や困った時は、とりあえず人に聞く。

これを徹底して教えた。

まずは、スーパーに言って大根を買ってくる所からスタート。

まあ、テレビでよくある「はじめてのおつかい」ってやつですね。

実際の話ですが、僕は買い物に行った娘の尾行をしていて

警備員さんに声をかけられました(笑)

よっぽど不審者だったんでしょうね。「誘拐か?」みたいな(笑)

そんなこんなで、今まではテーマ的には「生きる」だったんですね。

今後は「なんで?どうして?」に答えていかなきゃならない。

ただ、これって物凄く大変。

たまに「どうしても!」とか「そうなってるから!」と答えになってない事もある。

「か〜ら〜す、なぜなくの」の歌でカラスは山に帰るという歌詞があり

「本当にカラスの家は山にあるの?」としつこく聞かれ

カラスの巣を見つけに山に行った事もある。

僕は勉強が全然出来なかった。

ただ、教えられる事は他にも沢山あるんじゃないかと思う。

楽しみながら学べる状況を作ってあげたい。

仕事ももちろん大切だし、自分の時間も大切。

しかし、子育てというウエイトは今現在重いのだ。

そのウエイトはいずれ軽くなっていくのだろう。

自分で自分の道を決め、歩けるようになるまで

僕は手助けをしたい。

やりたい事や、行きたい所、僕も嫁も沢山ある。

でも、それは子供が大きくなってからでも出来る。

追伸

にしおかすみこ様

頼みますから「このブタやろう!」っての止めてもらえますか。

家に帰る度に、「どこのどいつだい!このブタやろう!」って

次女に言われるんですが・・・。

 

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