子供の成長は、本当に早い。

なんか、この前までオモユを不味そうな顔をしながら食べてたくせに

今は、1人で風呂に入っている。

風呂に入れていたころの、ミルクの匂いが懐かしい。

 
僕は、子供の教育について他の人と違うようだ。

最近、色々と子供について話す機会があり気が付いた。
車に関しても、「鍵やドアは触ってはいけない」と教えている人が多い。

しかし、僕は長女が2歳の時に鍵の開け方やドアの開け方を教えてた。

万が一、僕が何らかの事故により戻れなくなった場合の為だ。

少なくても、熱中症とかの危機は減る。
走行中にドアを開けて落ちたらどうなるのか?

話をしながら想像させる。そうすれば、ドアをむやみに開けることは無い。
火に関しても、海辺でライターを実際に使わせ新聞紙に火をつけさせて教えた。

危ないという事を。

安全に使えるようになるには、まだ早いという事を学ばせる為だ。
圧倒的に、「やらせない」より「やらせてみる」タイプだ。

自分の中で気をつけている事は、「危ないんだよ」とは教えないこと。

「こうなったら大変」とか、「こうなったら怖い」

そういう想像力で、自分で気が付いて貰う事。
道路については、どの家も熱心だろう。

車に勝てる子供は居ない。

ただ、子供は車に轢かれる=痛いという事がイマイチ理解できない。

うちの子供は、車に轢かれる事がどれほど痛いのかは経験していない。

ここら辺が、本当に難しいのだが

適度に傷みを覚えるのは、とても重要だと思っている。

カッターで手を切れば痛い。相手を切ったら、相手も痛い。

しかし、行き過ぎるとそれは死につながる訳で。

昔、横綱千代の富士の子供がソファーから落ちて死んだという事件があった。

かわいそうとも思ったが、小さい子供は簡単に死んでしまう。そうも思った。
僕は、その記憶が鮮明に残っており、時々戸惑う。

目を離せない時期と、自らの行動で危機を回避できる時期。

今は、ちょうどその時に思える。
また、ちょっと変わった所では、携帯電話の番号を暗記させている。

迷子の時や、トラブルが起きた時に役立つ。

しかし、困った事もある。

僕に電話をかけてくるのである。

「パパ、今日は何時に帰ってくるの?」とか(笑)

飲みに行っていても、強制帰還である。

 

こういう危機管理については、ある程度だが僕の中に答えがある。

「こうすれば」というのが。

しかし、答えが全く出ないものも沢山ある。

 
この前も、ウイスキーを飲みながら雑談をしていたら

長女が、テレビを見て

「パパ!サメが殺されてるよ!」そう言った。

そのサメは、船に揚げられる再に、首にワイヤーを巻かれていた。

その姿が、まるで首吊のよう。

しかし、長女は首吊りについてはよく知らないんですね。
なので、「パパ!あんなに首絞まったらサメ死ぬよね!」そう聞く。

「うん、サメ死んでるね」そう答える。

「何でサメ殺されちゃったの?」

「サメがね、漁師さんが取るはずのタイを食べちゃうんだってさ」

「サメって悪いの?」

「悪くはないんだけど、サメがタイを全部食べちゃったら漁師さん生活できないでしょ」

「じゃあ、サメは殺してもいいんだ」

 

ココからが悩み所です。

共存といいながらも、自分が生きる為に不必要な物は排除する。

自分が豊かになる為であれば、サメは殺しても良い。

この理論が成り立つのであれば、

最終的には、「隣の人の物を奪っても良い」となるのではないだろうか。

まあ、そこを制御する為に道徳や法律があるのだけれども。

人に優しくしなさい、人を思いやる心を持ちなさい、みんな仲良くと言いながらも

不審者に気をつけなさいと言う教育。

 

クジラやイルカは殺しちゃ駄目だけど、牛や羊は殺しても良い。

その線引きが、僕自身も判らない。

クジラは頭が良いからっていうけど、じゃあ馬鹿は死んでも良いのか?
わからない事だらけです。

今までは、考える事も考える必要も無かった。

考えたとしても、説明する必要は無かった。
しかし、子供は素直というか不思議なんでしょうね。

これは良くて、これは駄目。

これは正義で、これは悪。

説明がつかない正義。

 
アフリカの難民を見た娘に、「パパ助けてあげてよ!」と言われても

募金一つしない自分。

言ってる事と、やっている事が違う僕。

自分が豊かになる為には、他を不幸にしても良いのだろうか。

聖者であれば解決できるのだろうが、僕は小さな人間だ。

 

実際、自分の中では「生きる為には仕方が無い」そう思っている。

しかし、それを子供にどう教えるのか。

教える必要は無いのか。

自分で気が付くまで待つのか。
色々考えたが、はじめの一歩としてコンビニでの募金をはじめることにした。

出来ないから全部やらない、出来る事からすこしづつ。

僕は、後者を選んだ。

 

 

しかし、長女が言った一言が忘れられない。

「サメにも家族いるのかなぁ・・・」

 

 

 

 

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