今日は珍しく眠れない。
テレビを見て焼酎を飲み、チョッと酔っ払った。
焼酎が無くなり、テレビを見ていたら眠れなくなった。
そういえば、僕は先月末で32歳になった。
見た目が老けているので、「うそつけ」みたいに言われるが、それも慣れた(笑)
仕事的には、とても充実し最高の一年だったが
精神的には、物凄く色々な事を考えた一年だった。
考えなければ良いのだが、僕は色々な事を考える人種のようだ。
自分らしく生きるとか、今後の不安とか。
考えたって仕方が無いのかも知れないが、とても考えてしまうのだ。
僕はメトロノームみたいな人間で、誰かの影響とかで思いっきり振れる。
でも、しばらくすると元の位置に戻ってくる。
家族や仕事、生き方など僕に影響を与える人は多い。
誰かの意見を聞いて「おお!そうか!」そう思う。
一度は受け入れる、だけど自分の中で色々考える。
その人と僕は違うわけだから、答え合わせが上手くいかない時もある。
むしろ、「人間、色々な考え方がある」そう思うことの方が多い。
「人間、生きているだけで幸せ」
そういう言葉を聞いて、「おお!そうなんだ!」そう思ったこともあった。
でも、やっぱりそうは思えない。
何故か?
それは、僕が誰かと自分を比べているからである。
他人より幸せでなければ、自分は幸せだと感じられない。
100万円持ってルンルンで歩いていたら、前から1000万円持った人が歩いてきた。
そのとたんに、自分は幸せ度は減るという具合だ。
死んだ人と比べれば自分は幸せかも知れない。
でも、生きている人と比べたら少しでも優位に立ちたい。
優位に立ったとき、初めて幸せだと思える。
そういう事なんだと思う。
これを考えたのは半年も前。
誰にも何も言われなかったが、判ってしまった。
自分を苦しめているのは自分。
それから、物凄く生きるのが楽になった。
他人と比べて自分が惨めになるのは、他人と比べるから。
生きているだけで幸せってのは、そういう意味なんだろうと思う。
生きている事に意味を感じなくなったり、もう死んでも良いと思ったり
32年間、色々な事を考えて生きてきた。
また、これからも出た答えを疑い悩んで生きると自分では思う。
僕の中の自分らしさは、自分の欲望を叶える事とは違う。
そう考えた一年だった。
32歳になった僕は思っている。
僕は自分の出来る事をやる。
家族の笑顔を増やし、自分自身も笑顔になる。
大好きな染み抜きで、お客様に喜んでもらう。
それで十分だ。
そして、幸せを誰かに分け与えられる人間になりたい。
今日、見積もりの電話をした千葉のお客さんに
「応援してますから頑張って下さいね!」
そういわれ、幸せすぎて少し泣いた。
本当に嬉しい言葉が心に響いた。
貰った幸せを、少しでも誰かに渡したい。

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